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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)11150号 判決

被告 協和銀行

理由

一、銀行の融資先たる債務者に信用の悪化という異常事態がもし発生した場合、銀行としては、何をさしおいてもその自行預金を融資の回収に当てようとするのはきわめて自然であり、かような銀行の期待は、当然許されてしかるべきである。ところが、銀行預金は、一般債権者にとつても魅力ある回収源であるため、差押等の手段によつて他の債権者が介入してくることも、十分に予想される。そこで銀行では、その防衛策として、融資先との間で、その自行預金を他の債権者に持つて行かれないための特約をしておく必要がある。その典型的なものが期限の利益喪失とこれに基く相殺予約の特約である。このように銀行が融資回収の引当てとして確保しようというのが、ほかならぬ当の銀行における自行預金である以上、かかる特約締結を非難すべき理由はなんら存しない。

これに対し債権者平等原則違反を理由に右特約の効力を疑問視する向きもあるけれども、自行預金を万一の場合には回収に当てようと予定している銀行の場合と、かかる特別の関係もなくいわば横合いから割り込むような形で当該預金債権を差し押える一般債権者の場合とでは、保護されるべき利益状況にかなりの違いがあるから、この間に債権者平等原則を持ち出すことは当を得ない。のみならず、銀行取引の実情からすると、取引約定書中に右のごとき特約の存することはほぼ公知の事実であるから、かような特約を差押債権者に対抗させても不測の損害を被らしめるものともいえない。したがつて、一般債権者との関係においてもなお有効とすべきである。

当裁判所はおよそ右のように考えているのである。この見地に立脚して、以下各争点につき判断する。

二、争点に対する判断

(一)  原告の相殺特約無効の主張について

原告が無効と主張する相殺の特約(事実摘示第二の二の(一)(二))が、訴外会社に取引停止処分という信用悪化の事態が発生した場合に、被告銀行の有する割引手形の全部につき訴外会社をして買戻債務を負担せしめ直ちに弁済させるべきものであり、これと被告銀行における自行預金とを相殺しようというものであることは、右特約自体から明らかである。そうすると、この特約はあたかも前記一で検討したものに該当し、その有効なこと、および、この特約によつて預金債権仮差押が効を奏しないことがあつてもやむをえないことも、同じく前記一で説示したところである。

したがつて、右と見解を異にする原告の右主張は採用しない。

(二)  債権侵害による不法行為の成否について

この点に関する原告の主張の第一点は、訴外会社が取引停止処分を受けた時点では相殺しないでおきながら、その後自行預金が仮差押を受けるのを見て相殺した被告銀行の所為を非難するものである。しかしながら、相殺権者がいつ相殺しようとその自由であるのみならず、本件の相殺特約は、前記一でも検討したように自行預金を他の債権者に持つて行かれないためのものであるから、取引停止処分があつただけの段階ではしばらく様子を見ていても一向にさしつかえないのである。もつとも、割引手形の支払われることが絶対確実だとわかつていながら債務者と結託して他の債権者を害する目的で相殺特約を発動するなど、権利の濫用にわたるものであればまた格別である。しかしながら、本件の全証拠によつても、被告銀行には右のような権利の濫用と目すべき事情が認められないから、その相殺の時期を争う原告の主張は採用すべきでない。

つぎに原告の主張の第二点は、割引手形の支払を受けた金員中預金との相殺額相当分は債務者に返還しないで差押債権者のために拘束しておく慣行があることを前提とするものであるが、かかる慣行の存在を認めるべき証拠がないから、右主張も採用の限りでない。

三  以上のとおり各争点についての原告の主張はいずれも採用できないから、これを前提とする原告の請求を失当として棄却

(裁判長裁判官 賀集唱 裁判官 竹田稔 簑田孝行)

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